和装組曲♪

・・着付け教室、琵琶演奏、能面制作などに勤しむ日々のあれこれをグダグダと綴ります・・

壁に耳あり〜・・

今日は高校生の時の話〜・・・
(信じられないだろうが、私にも有ったのだ乙女の頃が)


進学校で何とか上位に食い込んで志望校に行きたいと日夜励んでいた健気な受験生の私だった。家の経済状態ではとても県外も私立も受けることなどできないし、第一本命以外滑り止めすら受けられる状況でなかった。いやいや本命すらどうやって家族を説得すべきかと思案中でもあった。

そんな時の話。混雑するバス乗り換えで途中から一緒になる友人とギュウギュウ詰めのバスの中での出来事。

「元気ない?どしたん?」と聞かれ
「今日は最悪!!」と答えた。
「今日は午後2時間家庭科の授業ねん。」
「家庭科いらんよね〜」私は気が重かった。
「受験勉強に当てたいわ。時間が惜しい。」
「おまけにこないだセミタイトスカートの仮縫いで1ミリ私のチャコの印が違うのでやり直しなんよ、今日。
あ〜あ、今日は遅くまできっと居残り確実。」と私。
「1ミリやよ?どう思う?嫌がらせ以外の何物でもないわ!!チャコの太さだけで1ミリ太くなるわ。」と憤慨する私。

そのバスの中で家庭科の先生の其の時の私に言った口調を真似して周りを笑わせてもいた。
と、其の時その友人が肘で私をこずいた。
「何?」とその子を見ると顎で静に指した先には・・・家庭科の先生が座っていた。

もう少し早く気付くべきだった。
生徒がこれだけ多いのだ。先生も同じバスに乗っているかも・・・と。


「シ〜・・・ン!!!」
    既に遅し、である。


しかし・・・根が楽天的、と言うよりも物凄くめでたすぎる私はこういう風に思うことにした。
「座っている椅子からは私の顔など見えんでしょ」と。
「大体こんなに混んでいるのだから話も何処まで聞こえたかわからんし・・」と。
「沢山いる生徒の一人ひとりの顔と名前なぞ覚えてないわ」と。
全て自分を基準に考えている私であった。もっとも昔も今も何の変わりがあろうか。

後は2人静に少しづつバスの中をジワリジワリ降口へと動き、バス停で降りてサ・サ・サ〜と逃げるように学校の門をくぐった。
こんな時は制服ってラッキー。誰がだれか区別つかないはず・・と。

甘かった。
直ぐそのことを思い知らされた。

クラスの朝礼と点呼の後に担任の先生が私の名前を呼ぶ。
「昼食早めに終わらせて、すぐ家庭科室に行くように」と言われた。



すぐ謝るべきか・・・そうしよう。
何を言われても謝りとおそう・・・それしかない。
いくらなんでも謝る生徒をどうかはしないだろう。
そうしよう・・・そうしよう・・・それしかない。
昼の休みはお小言でつぶれるがそれはしょうがない、思いきろう。

何とかなると思う私も本当にめでたいよなあ。
腹水盆に帰らず・・・言葉しか知らぬ経験値のないまだまだ未熟な人生である。

しかし弁当を食べるだけの大胆不敵さはない。
汁が鞄の中でご飯に沁みついているのを見ただけで食欲は無くなった。
「今日は食べんとこう」と弁当のふたを閉めた。
そしてドキドキする心で落ち着かない私は早めに家庭科室に行った。
嫌な事はサッサと早く済ませよう。

ドアをたたく。
「どうぞ〜♪」
意外に明るい声に一瞬
「違う用事かも〜」
とすら思う。
こういうのを白面書生というのだろうか。
人生経験のなさ・・・女のこういう妙に朗らかな声の時は物凄く恐ろしい事が待っている、ということを十代の私には知る由もない。

先生はご飯中だった。
「あなた、もうご飯食べたの?」


あいまいな顔でどちらともとれるような感じで何となく小さくうなづく私。
「もうすぐ終わるのでちょっと待ってて〜♪本でも適当に見ていて〜♪」と何処までも朗らかで怒っているそぶりもない。
きっと違う話なんだ。
お弁当を食べている先生を真っ直ぐ見ているのも失礼なので背を向け本をぱらぱらめくった。
そしてすっかり恐怖心と警戒心を解いて本棚に並ぶ料理の本や服飾の本を眺めていた。
先生著書の漬物の本もあったのも面白い。自分の中ではまつ毛の濃くて長い美しい先生と漬物の糠の匂いとどうしても一致しないのだ。
先生が何も言わないうちから謝って、謝りとおそうと思っていた作戦を全て解除していた。
すっかり無警戒の私となっていた。
無警戒どころか、
「1ミリ位いいよ、やり直さなくて」
という話かも・・とも勝手に想像してちょっと嬉しくもなっていた。
めでたさも此処まで来ると、松竹梅鶴亀である。

カチカチとアルミの弁当箱の触れる音と水道水の音で先生がお弁当箱を洗っているのが背後で感じられる。
食事は済んだようだ。
「さて・・・・」と先生が椅子にどっかと座るのと私が振り向くのが同時だった。

「その手にしている本、ページが1ミリづつ違うとどうなるかしら?」
と、きた。

ガビィ〜・・・・ン!!!
まさかの奇襲作戦だった。
無策の私はただおろおろとした。

まずは遅まきながらバスの中での不用意な失言を謝った。
それが精いっぱいだった。
しかし、先生の怒りは凄まじかった。
感情的にならぬように押さえているのもよく分る。
先生の背後のガラス戸はビリビリふるえていたに違いない。


「誰が謝ってほしいと?そんなこと一言も言ってはいません。
1ミリ程度・・と言いましたよね?
じゃあ何ミリなら許されるの?」

私の返事を絶対もらうまでは許さない雰囲気がピンピン伝わってくる。
「3ミリかなぁ〜」と・・・心もとない声で答える。どうせ何と答えても怒られるのは必至。
「1つの縫い目で3ミリなら両脇と前後8つのダーツではどれだけ違う?」
私は完全に先生の術中にはまったようだ。
1つの縫い目で1ミリ違うとそれだけで二枚の布なので倍は違うのだ。
3ミリ違うと言うことは一か所で6ミリ違うのだ。
セミタイトなので前後合わせて確か8個のダーツ。両脇を入れると10か所である。
「6センチ」
心でしまったと思うがもう遅い。
「採寸して仮縫いして6センチも違うなんてそれだったら最初から採寸なんて意味ないでしょ?」


そして続けた。
「寸法を度外視するなら適当に作って適当にすればいいだけのこと。小学生でもできるのよ。
計る以上はキチンと作るべきでは?
私達がここで勉強していることはそういうことではないの?
キチンと計り、キチンと作る。それが大切。
適当に作るなら誰でも学ばなくても作れるのよ。

さあ・・・あなたの意見を聞きましょ!!!
キチンと順序立てて話しなさい。
学ぶことの意味はまさにここにあるから。」
両腕を組んで後ろの椅子に寄りかかり、絶対容赦しないという先生の強い意志を私は感じていた。



もう、しどろもどろの私だった。
ただひたすら謝り続けた。
金輪際、不用意なことは言わないでおこう。
ちやんと反論できることでないともう言わない。
肝に銘じた時だった。
5時間目のチャイムが鳴りやっと解放された。
5時間目、6時間目は家庭科の実習でまたその先生だったのだが。

「あっ、そうそう・・・もう一つ」
「家庭科はいらんよね・・ともバスで言っていたわね?放課後は今度は其の話しましょ。」と。
これにもう一度耐えねばならぬのだ。
大人の威力は凄まじい、と。
完敗。
まさに身から出た錆びである。
「壁に耳あり・・・ですね?今度から気を付けます。」
出しなにポツリと言った私に先生は・・
「壁に耳ありはひっそりと小さく聞こえないように言っても・・というニュアンス。
あれだけ皆を笑わせて大声で言った時にはあてはまらないの!!!」と。
さいですか、知りませんでした。


可哀想に・・・そうでなくてもうな垂れる私に雨が降る・・・(笑)



後日談ではあるが・・・
この家庭科の先生とは此の事があって以降、廊下ですれ違っても何とをなしに私を微笑んでみて下さるような気がしていた。そして何か家庭科の仕事分担があってもいつも私に云いつけて、私もそれが嫌ではなく、いつの間にか妙に仲良くなっていったのだ。しかもその合間を縫って、放課後衣食住に関して色んな事を教えてもらうようになったのである。
特に漬物に関しては恐ろしく精通していて、糠床に昆布や干しシイタケ等を入れると味も栄養価も良くなることなども話してくださり私は家に帰って母にも話した記憶がある。
「干しシイタケの軸は切っても捨てないで糠床に入れるといいんだって。」と。
料理、和裁、洋裁だけでなく住居学なども造詣が深く進学校ながら私は物凄く先生の家庭科室で気分転換をさせてもらっていた。
高校の教師を目指そうと思った時に迷うことなく「家庭科」一本に専門を絞ったのはそういう訳でもあった。




何故こんな話になったのかというと、先日瑞閏さん( id:suijun-hibisukusuさん)のブログでこの本を知ったのだ。


ランチのアッコちゃん (双葉文庫)

ランチのアッコちゃん (双葉文庫)



瑞閏さんの読後の感想に「幸福な読後感」という一語が妙に心に響いた。
そう、今のささくれ立った私の心にはどんな哲学的な本より、穏やかでのほほんと心温まる本が嬉しい、とばかりに即日注文した。
其の本を読んでいて妙に家庭科の先生を思い出していた。
端正な顔立ちの方だったが厳しく強い目力のある先生で先生のお昼のお弁当が小さなお弁当箱に物凄く丁寧にキチンと作られていたのを後後まで私は覚えていた。
それで今回はあの先生の事を書こうと決めていた。
まるでこの本の「アッコちゃん」はあの先生だと。
1ミリも違えない洋裁の仕方、住居によって箪笥の置き方一つで中の着物の保存状態が違うのだと教えても下さった。料理にもとても造詣が深く高校生に其処まで求める?と言うくらい料理は生きる基本、と熱弁されてもいた。丁寧なみそ汁のだしの取り方、糠床の作り方、色のバランスは栄養のバランス、作って下さる方に感謝して頂く大切さ、材料を一つも無駄にしない料理方法、お弁当の一工夫まで講釈されていた。人の幸・不幸は食事で有る程度解消出来ることなどを始めとし、結婚するまでは夫の心を握り、結婚したら家族の胃袋を握れ・・とまで言われていた。(笑)
残念ながら進学に一生懸命で授業では誰もほとんど真剣には聞いてはいなかったが、とても大切なのだとつくづく思うこのごろ。

今の勉強は今の物、一生勉強は続くし、死ぬまで人は努力しないといけない、そしてそれができるのが人なのだと。
大切な事ほど時間がたたないと心に沁みて来ないものなのよ・・・と。


懐かしくなって書いてみた。一部は先日の「いろは会」で話した内容でもある。


最近知りあったブログ友から聞かれた。
「生徒さんの為に色々書いているの?」と。
いやいや・・・
「自分の為。全部自分の楽しみのため〜。」
不出来で未熟な私が多くの人に支えられて何とかやって来れたことへの反省と自戒そして感謝。
沢山の方のお陰で現在の自分があるのだと。

いつも長くなって本当にごめん。
今度こそ…今度こそと思うのだが、どうも段々長くなる。
短くコンパクト・・・来年の課題にする、ごめん。