和装組曲♪

・・着付け教室、琵琶演奏、能面制作などに勤しむ日々のあれこれをグダグダと綴ります・・

老犬・武蔵のこと〜♪

犬を飼いたいという当時小学生の息子と小動物管理センターへ行った。

十何匹か可愛い子犬がいた。
尻尾をふって皆すり寄ってくる。
その時、部屋の隅に大きな段ボールから唸る声。
息子は手を中に入れようとした時、
「その犬はやめた方がええ!!」
係りの人があわてて制止。
「その犬は触ったらいかん!!」

時すでに遅く、息子は指をかまれた。
振り払おうとしてもそのまだ目も見えぬ犬は指をはなさない。
血だらけの指をして
「この犬にする!!」
と息子。

真っ黒の子犬。胸に月の輪熊のように白い月の形の毛。
足は子犬ながらものすごく太い。
爪はゴマ爪でとても鋭い。
目はなんと美しい緑色。
かわった種類である。
見かけはツキノワグマの赤ちゃんの様相。

「あんちゃん、悪いことはいわん。やめとき。
山の中で見つかった犬や、きっと何かの血がまざっている。
どうみても人に馴れない血をもっているぞ。」
係りの人の猛反対を押し切り、尻尾をふる沢山の犬を振り切って、
その犬を飼うことに決めた。
心配そうな係りの方をしり目に私たちは意気揚々と帰途に就く。
何度も犬と暮らしているので大丈夫さ〜・・・と。
犬だもの・・そのうちになつくさ〜・・・と。
それもまた、楽しみさ〜・・・と。
根性の据わった犬を手名づけるのもステキさあ〜・・と。


後悔したのはその日の晩から・・
まず暗いところから出てこない。
人間のそばに近づかない。
人に身体を触らせない。
普通の餌は食べない。
目の見えぬ子犬ながらバリバリと鳥の骨を食べつくすのに驚き。
(鳥の骨は剥離するので胃に刺さるので食べない。)

息子は自分の部屋で糞とおしっこの世話を根気よくみる。
寝る時も自分の布団に入れてまさに血だらけの奮闘ぶりであった。
武蔵は生涯の中でこの記憶があるので息子にだけは一目置いていたに違いない。

二か月もしないうちにシェパードのおおきさになり・・
三か月もしないうちにセントバーナードくらいの大きさになる。
もはや家の中では無理。
外に出す。
鎖は一週間持たずに切れる。
ものすごい力。
唸り声は半端やない。
夜はまさにオオカミの遠吠え。
郵便屋さんが怖がった。
吠える一声でころんで骨を折る人がでた。
前を通る人が回り道をしていくようになり・・
回覧板がとばされるようになり・・
うちの経済も武蔵の旺盛な食欲と鎖の買い替えで緊迫状態。

六か月たっても相変わらず人に身体を触らせないのは一緒。
一番困ったのは予防注射。
集団場所にいくと一斉にほかの犬が吠えだす。
何人かいる獣医さんが譲り合う。
「しっかり押さえていて!!」
とへっぴり腰で言う。私も恐る恐る身体を抑える。
武蔵は唸る。牙をむく。獣医さんビビる。
結局注射できず帰る。集団注射は無理とわかる。

個人の獣医さん探す。
が・・・いつの間にか居留守を使われるようになる。
確かに…怖い。
唸り声が半端やない、牙をむくと殺されそうな迫力がある。
私でさえ怖い。

家の建て替えの時、十カ月間家に通ってくれた大工さん。
お昼に自分の弁当のおかずをやり
おやつの分け前をやり、
朝晩声をかけ・・・
これで最後という日頭をなでようとして「ガブリ!!」
噛んだらてこでも話さない。
そばにいた人たちでやっと引き離した。
何針も縫うはめになった逸話付き。
こう書くと放し飼いかとおもうでしょ?
しっかりした柵の中で鎖につながれていたのです。
犬好きな人はきっと馴れると信じ込むのでしょうね。

結局色々な方が骨をおってくださり動物園のライオン担当の獣医さんを捜しあて家に来てもらうこととあいなる。
一目見るなり
「これは野生の血が強いなあ!!何処で見つけてきた??」

「経緯はこう・・・」
私はモンクさながらいきさつを語る。
「熊か、オオカミか、何かの血が混ざっている感じやなあ…」と。

今更どうにもできぬ。
行きがかり上、その獣医さんに最後まで見てもらうことに。
獣医さんもいい迷惑である。
でも気付かぬ風でお願いする以外ない。
晩年には凄味に更に拍車がかかり、本当にこわごわでした。
睡眠薬で眠らせて治療。
脚もたたぬ、目も見えぬ、食もなくなってしまっても
凄味と人を寄せ付けぬ気迫はすさまじく水を替えたり糞の始末するのも身体を拭くのもたじたじの私。

夜、オオカミの遠吠えのように吠え続けた時はもう死期が近いのだとなんとなく気配。
きっと遠くにいる息子を呼んでいるのかも・・と。
息子の部屋にあった部屋着を武蔵の身体にそっとかけた。
と・・・その晩一声も啼かず朝方息を引き取った。
顔をすっぽり部屋着に埋んで。。
とても穏やかな顔をしていた。

今から何年か前のこと。
13〜4年間ほど我が家で生きていた。
昨日庭の武蔵の墓を掃除していてふっとあの獰猛ささえ、懐かしくなって・・・



【p.s.】
ペット葬儀社曰く、大きすぎて棺のサイズがない・・と。
「熊ですか?」と。
しっかり特別料金とられたという落ちまで付いた。