和装組曲♪

・・着付け教室、琵琶演奏、能面制作などに勤しむ日々のあれこれをグダグダと綴ります・・

「闇に香る嘘」

美味しいワインをもらった。
このワインで読む本を選ぶ。
なにせ読みたい本が積んであるのに中々その時間が取れなかった。
昨日は何としてもこのワインでこの本を読み終えたい、と。

今年の江戸川乱歩賞受賞作品である。


闇に香る嘘

闇に香る嘘



村上和久はかつては有能なカメラマンだった。
41歳の時に失明しそれ以降闇の中で生きている。
自暴自棄の毎日、酒びたりの荒れた日々に、ついに妻は家を出ていく。
一人娘由香里も結婚をことごとく和久に邪魔されついに家を出ていく。
そして・・・失明から28年の歳月。和久は現在69歳。ひっそりと一人で暮らしている。

そんな和久に由香里の小学生の娘に腎臓移植の話が持ち上がる。
由香里は既に娘に腎臓を一つ提供しているが上手くいか無かったためである。
娘には父親らしいことをしてやれなかった負い目もあり、快諾し移植の為の検査をうける。
しかし、検査結果は移植不可。
娘に「いつも役に立たぬ」と手厳しい非難の言葉を浴びせられる。



そして和久は兄に頼もうと考えた。
兄は70歳を越えている。

かつて満州から逃げ延びる時・・・
小さな泣き叫ぶ幼子は逃げるのに邪魔だと軍人が刀で其の子供を切ろうとしたことがある。
それを小さいながら兄は身を呈してかばったことがある。そんな優しい兄である。兄の背中には大きな刀傷。其の傷がもとで発熱する。大きな川を渡るときに母は背中に和久を背負い熱のある兄を連れて渡ろうとしたが川の勢いと深さに兄は流され行方知れずとなった。28年前、中国残留孤児として家族が再び逢え兄の帰国も実現できたという過去も有る。

あの兄ならきっと腎臓を提供してくれるはず…
そして兄が母と共に住む故郷に向かう。

しかし、何とそこで一言の下に断られてしまう。
適合検査を受けるだけでも…と縋る和正に兄はそれすらも拒否する。
中国の長い残留体験が兄の性格を変えてしまったのか・・とも思う。
検査されたら血のつながりがないことが一目瞭然となるからではないか・・とも。
其の時に和久は、帰国後兄の顔を一度も自分が確認していない事を知る。
自分は既に失明していたのだから。
ひょっとしたら本当の兄ではないかもしれない・・・と。

其の日から和久は調べ始めていく・・・



息もつかせぬ小説であった。
中国残留孤児の実態、時の政府の冷たい対応、裏で行われる駆け引き、支援団体の内情・・・・等、社会派小説の如く克明に精査されている社会背景まで目を見張る。中途失明者として中々社会に適応できないくだりも痛々しく重い。
小説の主人公に全盲の方を配する難しさもさることながらその描写を読むにつけ、かなり徹底した取材を行ったことがうかがえる。例えば道で風邪をひいている子供とすれ違うのさえ目が見えないのでこんな書き方をしている。「膝のあたりで咳が聞こえる」と。確かに目が見えないので見て分ることすら見えないと想定すれば中々描写は難しい。全編手を抜いているところがない。

本当はワインを飲みながらゆっくり読もうと思っていたのに気が付いたら、ワインは一口しか飲まず読み終えていた私である。最初から最後まで息もつかせぬパワーがある。迫力もある。蛇口から落ちる水の一滴、微かに出ている箪笥の引き出し、家の中に人のいる気配さえ物凄い筆力で迫ってくるのだから。



かつての江戸川乱歩賞森村誠一氏の「高層の死角」を読んだ時も感動したものだが、
あれはちょっと読後感にいくばくかの寂寥感が残ったものだ。
この「闇に香る嘘」は読後感は微かに、本当にかすかだけれど温かみがある。
人と人との何ともいえぬぬくもりが感じられ救いがある。
中途失明者の生活、内臓移植、中国残留孤児、そして帰国後の生活、難しいテーマを沢山扱っているのに
人間の暖かさを感じられるのが不思議。でもそれが何とも嬉しい。

著者が50歳とか60歳とか言うならまだ分る。
何と33、4歳というから驚きである。
30歳余りの若者にこんな本が書けると言うのも凄い驚きである。

何と今まで五回も最終選考に残った著者であるとのこと。
その若さなら「もうださねえ〜」と開き直ってもよさそうなのに著者の弁がいい。
「受賞するにはまだ自分には足りないものがある、ということだと思った」と。
其の足りないものを知りたいと思ったことと、そこをクリアーしたいと思ったとのこと。
そしてその後に続く言葉が更に良い。
「これは自分にとってゴールではない。本当のスタートはこれから・・・」と。


秋の夜長・・・・一読を勧める。