和装組曲♪

・・着付け教室、琵琶演奏、能面制作などに勤しむ日々のあれこれをグダグダと綴ります・・

野菜売り

私が幼稚園か、小学校の低学年の時か・・・
畑でとれた野菜を売りにリヤカーで金沢に行く母に一緒に行きたいとやんちゃを巻いた時があった。当時はどこの家も貧しく現金がないので現金が必要な時は畑で採れた野菜を売りに町まで行くのは珍しくなかった。旬の野菜もあれば常備している野菜もある。漁でとれた魚の干物などもある時もある。

当時の金沢を私たち田舎の者は「おやま」と呼んだ。
野菜を売りに行った帰りには珍しいお菓子などを買ってきてくれる母に、さぞや「おやま」はいいところに違いないと思うのと、自分もその楽しいその場所に一度は行き恩恵をうけてみたいとせがんだらしい。

ごねる私にしぶしぶ母は了解はしたが、沢山の約束事をさせられた。
お客さんと話しているときは横から口をはさまない・・とか
疲れても金沢の街の中はちゃんと自分で歩くように・・とか
あれが欲しいこれが欲しいといわない・・とか・・
はっきりとは覚えていないのだが、どんなことだって「うん」「うん」「わかった」と答える。連れて行ってもらえるならなんでもうなずく私である。

朝、4時ごろに起きて、リヤカーで出発。
野菜などは前日準備して積んである。
まだ目がさめぬ私をリヤカーの片隅に乗せ、私は大根やジャガイモの入ったザルに寄りかかりながら寝ていたようだ。

重い野菜&軽い私を乗せてリヤカーで3時間はかかるだろうか・・。
今思うとそれだけで母はものすごく疲れていたはずだ。
目が覚めるとそこは憧れの「おやま」。
興奮もつかの間、そこでリヤカーから降ろされ、歩かされた。
一軒一軒
「野菜はいりませんか?」
「大根、菜っ葉、ジャガイモ、玉ねぎはいりませんか?」
と母は声をかけ一軒一軒聞き歩く。



田舎から来た貧しい女&子供に対する見下すもののいい方の「おやま」の奥様たちを見るにつけ
私は「おやま」なるところが決して楽しいところでも素敵な場所でもないことを思い知らされていくのである。中には青菜に虫がついているといい難癖をつける人、ジャガイモの形が悪いという人、散々文句を言って買わぬ人・・・つっけんどんな物言いで戸口をぴしゃりとしめる人。汚いものでも見るように私たちを見る人。
1時間もしないうちについてきたことを後悔し始めていた。

それでも母は笑ってにこやかに応対している。
どんな人にも「又お願いします」と言う。頭を深深下げていく。

寝たきりの病人3人の世話をし、漁の手伝いをし、田や畑の世話をし、時にはどかたや人夫仕事までこなす母。それでも何時も明るく、家の中では誇り高くいつも毅然として私たちを育てていた母。学校の先生に何か子供の事で注意されても(ほとんど私、暴れん坊だったので)いつも子供を守りどんな力にも屈しないように見えた母。その日は母の見たことのない一面だった。

早く売り切ってしまわないと野菜はドンドンしぼんで新鮮さがなくなるのである。
早くお金に変えないと子供たちの明日の給食費が賄えないのである。

何を言われても頭をさげ、あやまり、お願いし、そして又頭をさげる。

ついに子供心に私は、卑屈にも見える母にイラつき、対する主婦たちを憎み、ついてきた自分にまで腹を立てていた。
約束である。
何も言わず黙った私でただ黙々と母について歩いていた。

お昼も過ぎたころ、持っていった野菜はほとんどなくなっていた。
「帰ろうか」と母はいう。
母と二人帰りの田んぼのあぜ道で母が朝作ってきたおにぎりを二人で食べた。
「あんな扱いされても野菜、こうてもらわんといかんの?」
とおそるおそる聞く私に、母はころころと笑った。
「なにを!!なんてことない」と。

「子供たちと一緒にいる。これ以上何を望む?」と。
帰りは空いたザルの中に私をひょいと入れ、疲れたやろから寝ていまっし…と。


 
 「これ以上何を望む?」

この言葉は90歳になった今でも母がよく言う言葉だ。
「今日1日なんとかくらせた。これ以上何をのぞむ?」
「雨露しのぐ家がある。これ以上何を望む?」
「何とか生きている。これ以上何をのぞむ?」

私も又、自分の境遇を何度そう言って諭されたろうか・・・

私はそれ以後2度と「野菜売り」についていったことはない。
もっとも今度は自分が結婚して「花売り」をしに回ったことはある。もっとも私の場合はリヤカーではなくトラックでだったが。

今日は何故こんな話になったかというと朝、朝晩寒いこの時期に
野菜を売り歩く人が我が家にも来たのである。
リヤカーで。

    寒空に野菜売り歩く老婆あり
        母を思ひて余るほど買ひぬ


もうすぐ私の誕生日。
50歳を過ぎてからは自分の誕生日は母に感謝する日にしようと決めた私である。

今日「落語」のCDを何枚か買ってきた。
母に・・・・と思う。

ちょっとでも笑ってほしいから。
1日でも声をたててこの世の憂いを忘れてほしいから。

母はきっと言うだろう・・・


    あなたたちが元気でいてくれる。これ以上何を望む?





     【写真】のはっぱは  金木犀と銀木犀
       金木犀だけではなくて銀木犀も芳香あります。
       銀木犀・・・とっても優しい香りです。だれも気がつかないですが…
       葉っぱがとげとげなのが銀木犀・・