和装組曲♪

・・着付け教室、琵琶演奏、能面制作などに勤しむ日々のあれこれをグダグダと綴ります・・

不治なるもの

 

 



この性格である。
はっきり言わないではおれない単純さ。
沢山の方に一杯迷惑をかけてきた。
怒らせてもきた。
怖がらせてもきた。
百も承知。
私を鬼のように思っている人、山程。(笑)



以前コメントをよく下さっていた「ち〜ち〜」さんに物凄い返し方をした。
私は人に寄りかかられるのがあまり好きではない。
生徒さんであってもである。
まして此の方は生徒さんでもなかった。

基本、どんな人も皆自分の脚で立たないといけないと思っている。
少なくとも、自分で立つ努力はしないといけない。
「ち〜ち〜」さんが妙に私に寄りかかってくるのが嫌で
「自分の脚で立ちなさい」とバッサリとコメント返しで言ってしまった。
県外の方で、着物検定で金沢会場で私と話をされた方のようで私には少ししか記憶がなかった。
どこかの着付け教室で教えていらっしゃる講師の方のようであった。
しかし、ちょっと話をして彼女が余り勉強していないことが直ぐに分った。
必死に勉強をすることをむしろ避けているようにさえ思えた。
多分そういう着付け教室にいらっしゃるのだろう。
知識はそんなに大切ではない・・という暗黙の了解の。
私が1級を合格した後でも中々彼女は点数を取れずに困っているようでもあった。
「和装組曲に習いに行ってもいいですか」とも言われた。
しかし彼女の問題点は厳しい勉強への姿勢がないことだと思った。
そういう訓練が全くされていない方だと思った。



なら、今ついている先生に従いなさい、と言った。
「あなたが選んだ先生でしょ?」とも。
それでないなら和装組曲で学ぶことをその先生にはっきりと承諾を取るべきとも言った。
「でないとあなた、今のところを破門になりますよ」とも脅した。
「言ったらなお破門になります。」と答えた。
本人はこっそりと習いに来ても大丈夫だろう・・とか、分らないだろうとか・・
都合の良いことを考えてもいた。
申し訳ないけど私はこそこそはしたくない。
習いに来るなら堂々と来てください、と。
それなら受けましょう、と。
ただし和装組曲へ来たらそんな曖昧な姿勢ではやっていけないのは目に見えてもいた。
うちの養成コースは中途半端な決心では卒業などそう簡単には出来ないのだ。
相当な覚悟がないと。駄目なら他所へ逃げていけるなどもってのほかだ。
退路を断って臨むしかない場所でもある。
そんな覚悟がないのははっきりと見て取れた。


バッサリ切り捨てたので本人物凄くしょげたと思う。
可哀想だが、覚悟のない人を引っ張って月謝だけ貰いつづけて教える所でもない。
多分私を悪魔か鬼のように思ったに違いない。
気の弱い方なら涙ぐまれたに違いない。
「私は勉強したいだけなのです。それがそんなにいけないことですか。」とも。
「格好良い言い方はしない方がいいよ。したいなら自分ですればいいだけのこと。二か所のいい所だけ取ろうなんて和装組曲では通用しないよ。」
ケンモホロロに言った。
私にしがみついて何とかヒントをもらって、少しでも自分の点数を増やしたい、そんなこと通用しないでしょ。
自分の先生にはっきりと内諾をもらうか、でないなら、自分で勉強しなさい、と。
両方にいい顔なんて所詮そんな程度の覚悟では無理。
「こそこそとするのは私の性に合わないのよ。試験に受かるまで1人で頑張りなさい。それまでは今後私にメールしたり電話したりは一切無用です。」とも。
なんと一刀両断の言い方をした。言い過ぎだな、とも感じたのだが、いやいやはっきりと言った方が向こうも思い切れる。
なまじっか「やんわり」優しい振りを何時までもするのは互いに良くない。
そんなことをすればいつかブチッと切れるのは私の方。
何と思われても構わない、そう思ってもいた。




「本当に受かりたかったら、死ぬ気で勉強しなさい。受かったらメールしていいよ。」ともいった。
はっきり言ってまだまだ受かるだけの力はない、と私はみた。
死ぬ気でやっても3〜4年かかるだろうなあ、とも。もっともどんな人でもその間気持ちが続かないのも本当の所。
強い気持ちでがっぷり四つに組まないとそんな甘いものではないのだ。

1年間・・・2年間か・・・頑張ったか、頑張っていないかも分らなかった。
気持ちはついえたかもしれない。そしたらそれだけのこと。それだけの人。そう思おう。

先日メール。
「準一級受かりました。」と。

彼女の住む県では多分初めての合格者のはず。
あの県は1級も準1級もいままでは誰もいないはず。
「やったね!!頑張ったね!!おめでとう。」と返信。
「でもね、目標は1級。でもステップは一つ上がったね。」

「先生のブログはいつも読んで勉強しました。」と。
「まるで出題者が先生のブログを読んでそこから出題したに違いないような問題もありました」と。
実は同じことを他の2名の県外のブログ読者の方から頂いていた。

さぞや嬉しかったに違いない。
実は今回はうちの教室では1級受ける人はいなかった。
どうして1級を受ける人の分野までブログに書いているの?と生徒さんから何度か聞かれたことがある。
自分の勉強のため・・・と答えていたのだが、本当は彼女の為。
ち〜ち〜さんがもしまだ勉強しているようなら・・・といつも考えていた。
今年はこんなところを押さえておいた方がいいな、と。

バッサリ!!・・とコメントで返してはみたものの気になってしょうがなかった。
普通のやり方では中々1級は難しい。ちょっとしたコツがいるのだ、踏み込み方に。切り口に。
皆さん、東京や京都へ講習に参加されたりもしている。
それを受けないで自分だけというのは有る程度見通しを立てないで闇雲では無理である。
何とか力になりたかった、というのが本当の所。
ただ私のブログを読んでいない公算大でもあった。

和装組曲をやめても検定頑張ります・・と言う方は多い。
3級レベルでも取れない方は取れないし、勉強しない方も一杯いる。
ここに通っていても日々の忙しさや衰えて行く気力、を振り絞って中々1年なら何とかなっても4年も5年もは至難である。
本当に良く頑張ったな・・・と思う。

これからの自信になるはず。
やればできる。
1人で頑張ったからこそ意味がある。
勉強しないで受かるなんてありえないのだ。
2級ですらそうである。まして1級ともなればいわんや・・である。

今後受ける方の目標になれればいいな・・・・
来年1級受ける方、人並みにお正月過ごそうなんて思っていたら何年も泣かないといけない。
早々に覚悟を決めること。(笑)






       人は皆、不治なるものを抱えている・・・

こういったのは曽野綾子さん。先日読んだ本に書かれていた。本当にそうだな、と思った。
外見的、精神的、病気や事故の後遺症、生まれ持っての気質、性質、遺伝的な特質などなど・・
目に見えるものもあれば傍からは分らないものまで色々ある。
直したくても中々治らない性格や気質まで入れると確かに人は皆〜・・・である。
自分の治らない性格や気質も考慮して計画をたてよう・・・
目標の級に合格した方も、不合格の方も・・・
ほんの少しの差で落ちた方、上がった方、
慰めは絶対言わない。
全て自分の責任。
だから頑張れる。
だからこそ、頑張りがいがあるのではないだろうか。


勉強のやり方は何時でも相談に応じる。
どんな時も甘えていたのでは出来るものもできない。
本当の戦いは今から。
ゴールは一生ない。

だから楽しい〜♪
一生懸命勉強できるってなんて素敵〜☆
一つ一つ自分の力にしていく事の喜びを一緒に楽しみましょ。

たった今、京都の和泉博山先生と電話で話した。
先生の事を紹介し英文と日本文で載せている書物を送ってきて下さったので。
八十を優に越えられているのに今でも「更にいい織物」を日々追求されている。
来年、又京都に勉強しに行きます・・という私に「早くおいで」とのこと。

そう、死ぬまで勉強〜。
それを辛いと思う人は最初からやめなはれ〜。
自分のしたいことだけして遊びなはれ。
死ぬまで自己弁護と自己擁護言うてなはれ。
でも着物が好き〜、帯が好き〜、和の歴史が好き〜、
少しずつでも前を向いて頑張りたい方・・・
来年も和装組曲で一緒に頑張ろうな。

受かることが大切なんやない。
受かるために日々努力することが大切なんやから。

来年もいい年にしたい。
一緒にしたい人、おいでね。
更に口の悪さと気の荒さに拍車がかかるけど・・・これは私にとって「不治なるもの」






  写真は上から
  ・四回目で美しく着物を着ることができそのまま帰られた女性
  ・南天の実
   こんな小さな枝に乗って実を食べられない鳥はホバリングして頑張って食べている。
  ・ムクドリ
  ・キンクロハジロ(たぶん・・・)

※訂正
       「写真も小さいので確実とは言えないけれども・・・キンクロハジロというよりも、形状、色、全体の雰囲気からオオバンとみる方が妥当ではないか」と専門家の方よりご指摘を受けました。此処に訂正をさせて下さい。ご指摘ありがとうございました。
   


  ・モクレンの芽