和装組曲♪

・・着付け教室、琵琶演奏、能面制作などに勤しむ日々のあれこれをグダグダと綴ります・・

藍の着物の思い出

今から5〜6年前の話。
この和装組曲ができるかできないかの時のこと。

全国的な大きな会合が金沢で開かれ、その会場で大きな賞を受賞されるご主人に付き添われ金沢を訪れることになったある奥様の話。
ご夫婦で壇上に上がられるとのこと。奥様は着物を準備された。その着せつけを私にしてほしいとの依頼。
私はその方と一面識もない。話を聞けば会場の金沢の責任者の方が私を押してくださったらしい。

金沢の会場責任者の方の奥様がうちの生徒さんKさんだったのが縁。
Kさんは当時80歳くらい、大きなパーティーなどで着物を着るときは何時も美容院頼みであった。或る時お人形のように着せつけてもらっていた自分の姿を鏡で見て、これでいいのか・・・と思われたとか。

本人の弁を借りれば
「いい年をして、着物一つ着れない。着せてもらう自分の姿が鏡に映り何だかものすごく恥ずかしかった」と。
それまでは一度もそんなことを思ったこともなかったらしい。
それで意を決して習いに来られたのだ。

その時のKさんは膝も、股関節も悪く、腰痛持ちで何度か膝の手術もされていたので杖が離せない状況であった。
長い時間は自力で立つのは難しかった。
着物を習うことはものすごい覚悟だったに違いない。

結論から言うと上手にそれは素晴らしい姿に着る事が出来るようになったのである。
普通の頑張りではなかったはずだ。(案外そういう方々が多い・・・うちは。。)
車で送り迎えをするご主人がいつだったか私に話されていた。
「夜中にトイレに起きたら居間に電気がついてる。見てみると家内が壁に寄りかかりながら帯の練習をしていた。」と。
その姿を見て涙が出そうだったと。
お金をだせばいくらでも着せつけてくれる人はいる、早朝だろうが、夜中だろうが。
なんなら気に入った着せつけの人をパーティ会場まで連れて行ってもよい。でも家内は自分で着る事に美しさや喜びを見出したのだろう、と。だから応援してあげたいと。どうか頼みます・・と私に頭を下げられたのである。
今でもそのご夫婦は自分たちで仕事をしていらっしゃる。今は共に80代半ばのはず。

今でも時には着物を着て、杖をついて歩いていらっしゃる。
お二人とも凄い方々だと私は尊敬している。
ちなみにうちのショーの時にはご夫婦でショーに出ていただき会場の感嘆と羨望を一身に受けたご夫婦でもある。

その方からのご紹介なのだ。
勿論、喜んで受けた仕事であった。

話変わって・・・(線路と一緒・・どこまでも続くよ・・♪・・)

実はその着せつけの前日、私は運悪く・・単に不注意なのだが、大腰となる。
大腰・・って分かります?ギックリ腰ともいう。
痛みで身動きもとれぬ。
明日は着せ付けの日。
愚図愚図迷う私に、Kさんからもよろしくと電話が入る。
今更「できない」なんて言えやしない。
誰か別の人を・・・とも言えやしない。
なにせ和装組曲を始めたばかりで生徒さんも育っていないし、自分で着物を着る事で皆精一杯である。
色々思案するが良い策はなく、気合で行くしかないとやっと腹をくくる。
幸いトイレにはそろりそろりと時間をかければ行けるにはいける。
何とかなるだろう・・・何とかしなければ・・・
和装組曲始まって以来の仕事でもあった。

夜、熱が出る。
身体に力が入らない。
湿布はしなかった。
次の日湿布薬の匂いをさせながら仕事に行くのは嫌だったから。
「あら・・あなた、何処かお悪いの??」と。
お客様に気を使わせることになりかねない。
お客様の責任でないことなのに
「あら〜・・そんな時に悪かったわ〜ごめんなさいね」とかなんとかならぬとも限らぬ。
私の体が悪いかも・・・なんて微塵も思わせてはいけない。
お客様の晴れの日だ。気持ちの良い着せつけに徹したい。
私は何処までも静かな黒子に徹しないといけないのだ。

朝早くタクシーで会場のホテルにはいる。
タクシーから中々降りられぬ私に運転手さん、手を貸してくださろうとする。
しかし、下手に触られたり力を入れられたりしたら背骨がバラバラになりそうな痛みだった。
曇り空を幸いに、傘を杖代わりにし、脂汗状態で一歩一歩と歩く。
最後まで何としてもやり遂げねばならぬ。不安がよぎる。
私を見込んで話を持ってきてくださったKさんの顔をつぶしてはならぬ。絶対に。
どんなことがあっても。痛みなどに負けてたまるか・・・。言い訳など通用せぬのだ。

受付で案内を受けホテルの着替え室に入る。
「美容院に行っていらっしゃいますので荷物をあけて準備していてくださいとのことです」と。

は・は・は・・・・ここからがやっと本題。(笑)

入り口で傘を置いたのでもう杖がわりはない・・・壁をつたいながら荷物のところまで行く。そろりそろりと座る。
針と糸を出しながら襦袢などの広襟の処理を先に済ませておく。
問題はそのあと・・・
着物の入った帖紙を開くか開かないかの時・・・・
ふわっ・・・と香る。何の匂いだろう・・・と。
開けてみてわかった。
藍・・・の匂いだ。
藍が匂う・・というのがこういうことなのか・・と初めて知る。
素晴らしい着物だった。
多分、人間国宝田畑喜八さんのもの・・まず間違いはない。
初めて目にする。

あとはその方にどう着せつけどう話をしたかすでに記憶にない。
必死だった。無我夢中だった。まさにあっという間だった。
気持ちは初めて見る芸術作品に圧倒されていた。
これがあの方の作品だ・・これが・・・・と震える思いだった。

勿論余計なことは一切言わぬ。言うべきでもない。
どんな立派な作家さんの着物だろうが、名もなき方の着物だろうが、しみのある着物であろうが、古くて汚いものであろうが、・・・私はただ自分の仕事をきちんとすればよいのだ。
精一杯その方が美しく見えるようにだけを考え、仕事すればいいのだ。
それ以外一切考える必要はないのだと、言い聞かせながら。

私の着せつけ人生の中で初めて無我夢中で、震える思いで着せつけた思い出である。
腰の痛いのも、熱のあるのも、力の入らぬのも、体中に出る脂汗も、全く記憶にないくらい一瞬で終わった。

帰りはタクシーでそのまま病院に直行した。
大腰だと勝手に決め付けていたのだが、実際は腰椎の二本の骨の圧迫骨折でその後二週間は身動きが取れなくなり、何とか動けるようになるまで優に三か月近くはかかったのだが。

後日その方から気持ちのこもったお品と丁寧な文が届いた。
自分は着物も帯も「素敵ですね〜」と言われてそれが当たり前と思っていたと。
着物も帯もそれだけのお金をかけているのだからと。
でも今回は会場の方々がほとんど着物や帯を褒めずにその方そのものの着姿を褒めてくださったとのこと。
「楽そうに着ていらっしゃる、素敵〜」
「着物をいつも着ていらっしゃるのね、着姿が上品。」
「着物姿が板についていて見ていても気持ちいい」
とか。
着物はピシッと着せつけてもらって着物たるもの・・と思っていた。
それなのにこんなにゆるくて最後まで大丈夫?と。
段々時間とともに身体になじんでくるのも不思議。
着物を着ているという感覚すら途中なかったと。
初めての感覚。
決して締めつけなくても着物は素敵に着ていられるのだと。
目からうろこ・・・と手紙に記されていた。


わかっていただき嬉しかった。Kさんの顔をつぶさなくてよかった〜。
私こそ生涯中々触れないものを触れさせていただき感激したことを文で伝えた。

素晴らしいものは一瞬耐えがたい傷みさえも忘れさせる威力があるということも貴重な経験だった。
自分の手でさわり、目で確認し、着せつけてあげられることの幸せを生徒さんにも感じて欲しいと思う。
日々の努力が報われる瞬間でもある。

そしてもう一つ・・・今日はこれも言いたかった。
そのころは私の変わりは誰もいなかった・・・
だから無理をしても自分でやるしかなかった。


実は昨日、あまりの天気の良さに仕事の合間、昼ごろに散歩したのだが滑って転んで捻挫してしまった。
それも両手&両足。(笑)

簡単な実況中継をするならば・・・

まず右足が足首でぐにゃりと右に滑る・・
思わず左足に力を入れたら、その左足、今度は左に滑る。
スケートの選手よろしく足が左右に開脚。
危ない・・とばかりに左ひざをドンとつく。
その膝が後ろに滑り、左手をつく・・・支えきれずに右手もつく。
かくして両手&両足は四方向に滑り四か所の捻挫となる。
ちなみにドンとついた膝は擦傷&出血でユニフォームのパンツの膝を破る。
「なんと器用な・・・両手&両足の捻挫なんて前代未聞!!」と見る人、会う人に言われしかも笑われた。
「芸術的でしょ??」
笑ってごまかす以外ない。
午後の仕事も夜の仕事も何とかこなす。
右手、右足がすこぶる痛い。

難しい着せつけの仕事もいくつか入ってきている時節。

でも・・・心配ご無用〜。
今は・・・私の変わりはいくらでもいる。
誰でも「了解〜」といって変わってくださる。
又、安心して任せられる人たちだ。
どうかすると、私以上に上手。
有難い・・・本当ににありがとう〜。

皆に感謝している事を伝えたかった私である。