和装組曲♪

・・着付け教室、琵琶演奏、能面制作などに勤しむ日々のあれこれをグダグダと綴ります・・

鼈甲の簪(かんざし)

高島田の髪型の前に今日はこの話をしようと思う。
高島田は次の機会に・・・ということで。

     
     「鼈甲の簪(かんざし)」


私がこの教室を初めた頃のこと。

ある日二人の女性が訪ねてきた。
母娘のようである。

ためらいがちに事務所で話をする。
かいつまんで言うとこんな内容。

東京で芸大関係の大学に通う娘はどうしても成人式に着たい着物があるという。
ところが何処の美容院に持ち込んでも断られる。
古くて・・・あまりに古くて着せつけは無理・・と言われる。
帯もある。娘がこの振袖にはこの帯で・・・と譲らない。
何処へ行っても断られるので人に聞いてここに来たとのこと。
あそこなら引き受けてくれるのではないか・・・と。
何とか着せつけてもらえないか・・と。

着物と帯を見せていただいた。
確かにものすごく古い。見たことのない古さだ。
汚れもあるのだがそれよりも縫ってある糸が飴状化して溶けている。
帯はちょっと触るだけで糸がプツプツと切れる。恐ろしくて触れない。

100年以上・・もっとかもしれぬ・・・前の物。
絹糸はものすごく保存状態が良くて最高200年持つと言われる。
(ちなみに麻は1000年持つ)
北陸のこの湿気、雪を考えると150年がいいところ。しかも保存状態があまり良くなかったようだ。長い間虫干しもしていないようだ。

ただものすごく素敵な振袖だったことは言い添えておこう。
黒地で真っ赤な松、緑の竹、大きな梅に鶴亀・・
村雨山の世界でないと見たことがないようなダイナミックなそんな大振袖だった。
帯はこれまた老松の渋い幹がドーンと中央に描かれていた。
振袖用の帯ではなくておばあちゃんが留袖にするのにあつらえたような・・・そんな地味な茶と緑だけの帯だった。

お母さん曰く
「一度着てダメになってもいいのです。娘がどうしてもこの着物と帯でないと着たくないというので・・・」と。
新しい今風の物を買ってもいいのだが娘さんはこれをどうしても着たいと。

糸の朽ちたのも、古いのもダメになっていいというならなんとか着せられる。
問題は帯。ものすごく重い。丸帯だし多分中の芯がどっしりとした木綿なのだろう。
何時もなら芯を抜いてもいいのだが、糸が朽ちていて抜くことすらできない。抜くと多分帯そのものの糸がプツプツと切れて大変なことになりかねない。
しかも長さがない。振袖用ではないので多分二重太鼓用に若干短い。
しかも老松の柄なので茶色が中心。
「う・・・ん、若いお嬢さんにどうだろう?!」
何とか緑の部分を出して帯結びができないか・・。
預かって考える事も出来ぬ。
何せ、触ることができないのだから。
着物も帯もやり直しせず、一回でやらないと糸が朽ちて二回目はない。
帯ははたして松の緑が出るように着せつけられるだろうか・・
茶色が出ると着せつけは失敗になるだろう・・迷う。
今まで沢山の方々の振袖をしてきたがこの時ほど
「断れ」と心がささやくことは今までなかったのだ。

結論から言うと引き受けた。
やってみよう・・・と思った。
やらせてほしい・・・と思った。

当日ものすごく素敵なできになった。
ほぼできうる中での一番パーフェクトに近い・・と今でも思う。
今ではできないかもしれぬ、それほど集中して着せつけた。
当時は誰もアシスタントもサブもいないたった一人でやっていた時だった。
一番良かったのは、何と言っても着物と帯と着る人のイメージがぴったりと一致したことだった。

ところが最後に離れてみると髪飾りが合わない。
黒々とした美しい髪にちゃちな簪が違和感。
どうもそこだけとってつけた感じで全体を壊す。
着物と帯の重厚感が簪で台無し。

簪を取ろう・・・ということになった。
ところがバランスが悪い。
大振袖、帯もどっしりと豪華、髪もふっくら昔風。
何か付けた方が・・・と思うがその方の持っているものはどれも合わない。
髪がふっくら結ってはあるのだが何かボリュームに欠ける。
バランスが妙に悪いとでもいおうか。

その時思った。
着物も帯も髪型も昔風にして、勿論本人も雰囲気がぴったり。真っ黒なそして真っ直ぐな黒髪。
簪だけを今の合成樹脂を流し込んだものや、チャラチャラした飾りものは合うわけがないと。茶髪やメッシュやパーマのかかった髪になら案外似合うのに作られている・・・不思議なことに昔の物でないと・・・しかも本物でないとだめだ。

何か良い方法は・・・と。
真っ赤な鹿の子の絞りを使うか・・と思う私に急に閃いた。
「あった、あった」
私が叫ぶ。
押し入れの奥からごそごそ出してきた、昔の鼈甲の簪。

一つそっと髪にさす・・・・ドンピシャッ!!
「おおー・・・っ!!」
三人一斉に叫ぶ。
まさしくこの姿の為にあったように収まる。

この鼈甲の簪はまさしく100年どころかもっと前の物。
おおばあちゃんがお嫁入りのときに使ったものだと以前聞いていた。

かくしてその二十歳のお嬢さんはタイムスリップしたかのようないでたちで成人式に行かれたのである。しかも、ものすごく綺麗で素敵だった。この方以上の人はいないなあ・・と見送った私であった。
山奥の方だったがご近所をそのいでたちで回られたとか・・・次の日にその簪をもってお礼に来られた時に言っておられた。皆さんにもの凄く褒められたと。
田舎の風景、バックの有り余る自然、そんなものに決して引けを取らぬ、いやその中でこそ一際輝いていたに違いない。

その時に私の思ったこと。
この仕事を初めて日が浅かったが、簪一つでこれほど全体の雰囲気が変わるのだと言うこと。そして若干20歳の方なのに本当の物を見る目を持っている人が確かにいるのだと言うことを。怖いなあ・・・と言うことと同時に面白い仕事だわ・・・と。




今日はその方の写真をお見せできないのが残念。
後ろ姿とはいえ、本人に断らず載せるわけにもいかないので。
貴重な思い出深い着物と帯だと思うので。

教室の生徒さん、事務所にあるのでみたい方は仰ってください。
「おおーーーっ!!!」
感嘆の声を上げる事間違いなしさぁ〜・・

他の方は簪だけで我慢してくだされ〜・・
上の写真の中の簪を一つ使わせてもらいましたよ〜・・

島田のかつらを押し入れから出して写真を撮っていたらこの鼈甲の簪が出てきたので。
今日はこれさあ〜☆。