和装組曲♪

・・着付け教室、琵琶演奏、能面制作などに勤しむ日々のあれこれをグダグダと綴ります・・

刺し子

   
   刺し子・・・

綿布を重ね合わせて、一針ごとに細かく縫ったもので丈夫であることから使う人もあるはず。
布巾なので昔よく見かけたことはあるまいか?
知らない方は柔道着や空手着に使われる麻の葉模様などを縫ってある糸目を想像するとわかりやすいかも。


それが帯などに使われていることがある。
何処か可愛かったり、ほのぼのと懐かしい雰囲気を醸し出し独特の味わいがある。

参考までに私の帯を・・・・


















一面にすると値も張るし、また一面にすると雰囲気も違ってくる。
私はひっそりと腹とお太鼓の柄として選んだ。
一針、一針、縫う人の気持ちが伝わってくるような・・・そんな美しい刺し子だと今でも思っている。
糸が角を曲がるとき、糸と糸が交差するとき、曲線をたどるとき・・・この方はものすごく繊細にそして丁寧に優しく縫っていなさる。
刺し子にそんな変わりはないはず・・・と思う方、何処かで他のと見比べてくだされ。

















30年ほど前に購入した物。
ざっくりとした野趣味たっぷりの地にひっそりと上品な紗綾型(卍つなぎ)と亀甲の刺し子。

当時着物を着る事が大好きで、洋服や靴やバックを買うくらいなら帯上げ一枚、半襟一枚買う方を選ぶ私だった。
洋服と言う物に全く興味がなかったし、お金をかけたいとも思わなかった。
ただ日常、着物で過ごすことがとても心地良かった私である。

一度結城紬なるものの感触を体験したいと切望してはいたのだが、如何せん高い。
とても手が出る代物でもない。そこで結城の雰囲気だけは味わえるであろう「駒結城」なるものを手に入れた。
(これなら今でも容易に手に入れられるのだが、駒結城を結城紬だと称して高い値札が付いているお店もあるので注意。)
経糸は絹だが横糸は紬糸・・・というもの。薄いくすんだクリーム色に空色の雪輪の絣のものだった。
(この組み合わせは和装組曲のHPの「季節の着ものたち」の中に写真でアップしているので興味のある方はそちらで。)

当時はそれで十分満足していた私であるが、手持ちの帯で合う帯がない。
駒結城と言えども、細かい亀甲柄、ちょっと見には綿と見間違う雰囲気、どこか素朴で温かみある仕上がり。
持っている帯は光沢のある絹の物か、金糸や銀糸の袋帯、・・・合うわけがない。
で・・・・探すこと数年。
(私は自他共に認めるすこぶる短気であるのだが、気に入ったものを探すときはものすごく気が長い。気に入るものを見つけるまでは全く急がないのだから不思議である。)
こんなざっくりした、しかも紬糸の太細のある節糸、どこまでも素朴で地味な色のものを見つけた、というわけ。

刺し子は素朴な分、ともするとちょっと言葉は悪いが田舎くささもあるので柄によっては、選択に工夫が必要。
どのようなものに合わせたいか・・を良く考えないと。



と・・・これで今日は終わる予定だったが、折角刺し子の話なので「津軽こぎん刺し」の話も少しふれておこう。


刺し子というのは本来は藍の木綿の生地に白い木綿糸でする刺繍の事である。
津軽こぎん刺し・・・というのは青森の津軽地方に伝わる伝統的な刺し子である。

昔は綿の栽培が困難だったことや、農民は麻以外は着用してはいけないという時代があった。
(絹や麻に比べ、木綿は最後に普及した織物素材である。一般の庶民が国産の綿織物を身につけられるようになったのは17世紀前半と言われているが、農民ということもあれば、青森と言う土地柄もあろう・・・かと。)
しかし冬は麻布だけでは厳しい寒さをしのぎ切れないし、過酷な労働に肩や背はすぐに擦り切れてしまう。
そこで考えられたのが、何枚かの麻布を重ね、肩や背中など擦り切れやすいところを中心に麻糸で刺し子をして補強。
しかも細かく細かく刺し子を施すようになって保温効果もあることが分かりどこのおうちでも女の手仕事となった。
そんな中から生まれたのが「津軽のこぎん刺し」である。
厳しい社会の衣服制約の中、過酷な労働から身を守るため、女たちは工夫を凝らししっかりした刺し子をくまなく衣服に張り巡らせていったのである。
この知恵の結晶が以外にも女たちの刺し子を競い合う風習を作り、明治中ごろにはそれは素晴らしい手の込んだ刺し子の世界が繰り広げられるのである。

時代が移り、上野〜青森間に鉄道が開通し、やがて青森〜弘前間に鉄道がのびると豊富な物資が行き届くようになり、綿の着物や綿の糸も容易に手に入るようになる。
麻布に麻糸、だった刺し子が麻糸に綿糸となり、やがて綿織物が流通し始めると麻より暖かく丈夫な綿織物の衣服に移行していき、こぎん刺しは急速にすたれていくのである。いつの時代も手のかかるものに後戻りは難しいのである。



     名もなき津軽の女たちよ、
          
          よくこれほどまでの物を遺してくれた
                                (昭和七年、「工芸」より)


柳宗悦を絶賛させた津軽のこぎん刺し。

いつか、古い民家や古道具屋さんで案外当時の古い麻布に麻糸の刺し子と遭遇するやもしれぬ・・・参考までに。

現在は色とりどりのカラフルな色糸や布で作られたこぎん刺しが作られ、多くの手芸フアンに愛好されているようである。
このあたりのこぎん刺しはどこかの呉服屋さんで見る機会もあろうかと・・・・