和装組曲♪

・・着付け教室、琵琶演奏、能面制作などに勤しむ日々のあれこれをグダグダと綴ります・・

屋島の誉れ

         「那須与一宗高」


那須の与一の話は誰でも全部とまではいわなくてもおおよそ知っている。
今日はその那須与一宗高の話。

一の谷の敗戦後、平宗盛安徳天皇を奉じて屋島に拠ったが源義経に攻められ瀬戸内海を逃げる。あと一歩の所で平家方は舟にのり遙か彼方に・・・。悔しがる源氏の一行。その時平家方の女官の一人・・
     霞の中に咲匂ふ花としも見ゆる
女官が柳の五つ襲(柳は表が白、裏が青・・今の緑)の着物を着て小舟に立ち、日の丸の扇をさっと開き、『これを射よ』というが如くに差し招く。この女性があの建禮門院が后になるとき、選りすぐった千人の女性の中から更に選りすぐられて容姿端麗、頭脳明晰、博覧強記の美人。

     十九の春を迎え来て、管弦や舞に至るまで人に秀でし美しさ、
     雲の鬢(びんづら)月の眉、いとど気高く見えにけり

まさしく美貌も素晴らしければ智恵、学問も一通りではない女性。名を玉虫の前という。
そんな女性から源氏は挑戦されたのである。しかしあまりに遠い。
「誰かあの扇を射ることのできる者はいるか?」義経が叫ぶ。
しーんと静まりかえる。「射れれるわけがない」皆思う。波は荒れ狂い強い風が吹き距離は弓が届くにはあまりに遠い。
勿論こんな時失敗したら命はない。
      「誰か射落とす者やある!!」
義経の聞く声にもいら立ち募る。名乗りを待つが静まりかえる。勿論このとき那須与一宗高もそこにいるがとても出来そうもない。その時一人の武将が言う。
那須与一宗高ならできましょう!!」
何時の世もこんな人がいる。自分で名乗りをあげろよ・・といいたくなる。命がかかっている時に人の名前を言うなよ。名前を上げられた者がいい迷惑である。与一の舌打ちが聞こえそうである。
       「与一これへ」
となる。一旦は与一辞退する。が、この義経も無茶苦茶言うところがあり言い出したら引かぬ。
自分の命令に従えないなら即刻鎌倉へ帰れ・・・と。つまり与一だけでなく一族郎党死を意味する。で・・・与一その命をうける。
このときの与一宗高の服装が素晴らしい。今日はそれを特に言いたかった。

     宗高その日の装束(いでたち)は、紺村濃(こんむらご)の直垂(ひたたれ)に、
     萌黄縅(おどし)の鎧着て、足白の太刀を佩(は)き、二十四さいたる截生(きりふ)
     の矢を負ひ、滋藤の弓を小脇に挟み、黒駒の太く逞しきに、洲崎に千鳥の飛び  
     散りたる金覆輪の鞍を置き兜を脱いで高紐に
                 ・・・・波打ち際に悠々と乗りだす・・

『紺村濃』とは白地に濃い紺、村というのは村々とまばらに柄がある・・ということ。『足白の太刀』の白は銀で細工したものという意味。『截生の矢』というのは「斑入り」の鳥の羽根。『滋藤の弓』は藤の蔓で巻いたもの。一つ一つ解説すると物凄い紙面がいるが雰囲気だけはなんとなく分って頂けるかと思う。

青い波立つ海を背景に、白地に濃い紺の模様の装束、萌黄色の鎧、二十四本の矢をさし、金のふちをした鞍、真っ黒の逞しい馬にまたがり波打ち際に登場する。この時宗高は17歳。ここまでは白と紺、黒のみ・・ところどころ金や銀がはいるが。
波の向こうには梅か桜にみまごうばかりの美しい女官たちが思い思いの華やかな服装で船から見物している。色は海の青の上にほんの少し。しかも船の中でも香をたき、その香が屋島おろしの風に乗って漂ってくる。
生死をかけた場面でも昔の語りや物語はどこまでも優雅でたおやかである。

こういう色の表現が物凄くきれいだ。しかも随所に必ず香りを添えている。海の潮風であったり、焚く香の香りだったり・・。
波の動き、風の動き、逸る馬の脚、中々遠い距離を測る宗高の心の揺れ・・
日ごろ信ずる神々に祈る・・南無八幡大菩薩・・那須湯泉大明神・・宇都宮大権現・・やがて邪念のない無我の境地となる・・
心が静になる・・と、風がやむ。馬が鎮まる。矢を放つ。
・・・・扇の要の上に突き刺さる。歓声があがる・・。

案外見過ごされるのが扇を掲げた女性。
この風の中、波の上、宗高の手元が狂えばこの女性の命もない。自分がちょっとした気持ちで始めたことがここまで大変な騒ぎになる。それを最後まで見届けるのも又始めた者の宿命。宗高はこの女性の勇気に心を揺さぶられ感銘をうける。
平家物語ではこの女官、玉虫の前を与一宗高は風前の灯の平家方より助け出すストーリー仕立てになっている。

黒い馬で思い出した。最後に・・馬の話を。
日照りに黒馬、長雨に白馬。白馬と書いて「あをうま」とよむ。
五行思想では「黒色」が水で火を制する。「あを」は木で根が土を固めて洪水を制するとした。だから日照りに黒馬、長雨に白馬が宮中から奉納されたとか。


とても好きな場面なので今日は長くなるのもいとわず思い切り書いてみた。

  



この着物と帯が去年私が琵琶曲「屋島の誉れ」を福井で謡った時の舞台衣装として使ったもの。着物は一切柄も暈しもない。艶のある濃紺。帯は地紙(扇子に貼る扇形の紙)に荒れ狂う波の模様。帯締めは格調高く高麗。

  


謡える楽しさと琵琶に敬意を表して「壽」の字を。百寿の中から一番好きな字体を刺繍してもらい背紋とした。

  




とても楽しかったわ〜♪・・お付き合い下さりありがとう。
         (振り向くと、そこには誰もいない・・・・・笑・・かも)